希望が見えない小学校教員です。

見えないなら自分が光るしかない。

赤ちゃんと走る車の関係。

赤ちゃんって車乗るの好きじゃないですか?

でも、それは走ってる間だけで、止まると泣く。あれ、何なんでしょうね?

 

いつか観た、トーマスの話。

そんな現象、もしかしたら世界共通かもしれないです。

 

 

 

 

 

トーマスと赤ちゃん、というお話。

ある日、トーマスと客車のアニーとクララベルは駅でお客さんが乗るのを待っていた。
そこに現れたのは乳母車に赤ちゃんを乗せたお母さん。赤ちゃんはギャン泣き。
トーマスたちはそんな赤ちゃんを乗せることに戸惑った様子。
トーマスが走り出すと、赤ちゃんは泣き止む。ホッとしたのもつかの間、信号や駅でトーマスが止まるたびに赤ちゃんはギャン泣きする。
一緒に乗っているお客さんもうんざりしている。お母さんは困った顔で乳母車を動かしてあやしている。
いつ降りるんだろうとトーマスたちは思ったまま、とうとう終点にたどり着く。赤ちゃんとお母さんも降りる。
切り替え地点で向きを変えて、トーマスたちは終点だった駅へ戻る。帰りは赤ちゃんがいないから気楽だ、と話しながら。
しかしホームではまたあのお母さんと赤ちゃんが待っていた。赤ちゃんは泣いたまま。トーマスたちはがっかり。また同じことを繰り返しながら、始発の駅まで走ったのだった。着く頃にはみんながヘトヘトだった。
始発の駅で降りた赤ちゃんとお母さん。少し休憩しよう、とアニーとクララベルは話す。まだギャン泣きしている赤ちゃんを、お母さんは抱っこしてあやしている。その様子を見たトーマスは、トップハムハット卿に「もう少し働いてもいいですか?」と申し出る。お母さんと赤ちゃんの貸切にして、止まらずに走れば赤ちゃんもお母さんも休めると。トップハムハット卿も「親切だねトーマス。行ってきなさい。」と送り出す。
トーマスは止まらずに線路を走る。赤ちゃんはぐっすり、安心したお母さんも一緒に眠る。
駅に帰ってくると、駅員さんとトップハムハット卿が迎えた。お母さんはその駅員さんの奥さんだった。駅員さんは「ありがとう、彼女がこんなにゆっくり休めたのはどれくらいぶりだろう。」と感謝する。トーマスは「どういたしまして。赤ちゃんって本当に大変ですね。」と返す。トップハムハット卿は駅員さんに一週間の休暇を取るように話す。
赤ちゃんを乗せて走ることに渋々だったアニーとクララベルに、トーマスは「でもやってよかったでしょ?」と話すが、二人ともくたくたになって眠ってしまっていた。

ちゃんちゃん。

赤ちゃんを取り巻く世界はどの国も、どの世界も同じなのだなぁ、と思ったり、この話を製作してくれたトーマススタッフは素敵だなぁと思ったり。侮れないトーマスのご紹介でした。

辞める準備を始めてみた

おはようございます。かじです。

 

以前のブログで、辞めるための準備として

①退職金について調べる

②投資する

③資格を取る

④日々の仕事は7割でやめる

 

なんてことを書きました。

 

今日は③について。

 

ひとまず、ずっと興味があったけど踏み出せなかった「整理収納アドバイザー」を取ってみます。

今朝、講座申し込み完了。

 

これを読んでくださってる仕事辛いよーな皆さん、何か資格、持ってますか?

 

 

 

5時起きするための工夫の話。

これまで何度も朝活に挑戦して、長くは続かなかった私ですが、

今回の朝活は少し考えを変えています。

どのくらい続けられるか分かりませんが、

今の時点での工夫について書いてみようと思います。

 

①早起きは退勤から始まる

仕事はしんどいです。事務仕事も多いしなかなか自分の思うところまでは進みません。

でも、最近出会ったこの言葉をいつも呟いています。

 

「結局、時間内に出来たものが実力」

 

長い時間をかけてもそれだけ質が上がるわけじゃない。なら時間を決めて、そこまでで出来上がったもので何とかする。

これまでより、少し諦めが良くなりましたw

 

②とにかく21時40分には布団に入る

仕事から帰ってきて、夕飯を準備して子どもたちをお風呂に入れて(夫が入れてくれることも多いですが)ドライヤー、歯磨きの仕上げ、食器の片付け、翌朝の炊飯器予約、までが夜のルーティンです。

帰りが20時を超える時は夕飯からお風呂までを夫にぶん投げています。

あとはとにかく急いでこれらをこなして布団に入る。

早起きが意識することがなかった年度初め、帰りは21時を過ぎ、リビングで何もせず倒れ込むように寝てしまっていました。そして1時頃むくりと起き上がり、そこから死んだ表情で食器洗ったりお米セットしたり...

地獄です。現実と向き合いたくなくてスマホをいじり、更に寝るのが遅くなり不のループ。

今はとにかく、「布団に入る!」の意識で動いています。

 

③22時にアラームをかける

21時40分までに布団に入れたら、あとはゴロゴロタイムです。Twitterを眺め、スマホでパズルゲームをしています。

時間でやめられるようにアラームをセット。22時、YouTubeで睡眠導入のためのマインドフルネスをかけて寝ます。

寝る前のスマホがだめだ、と他の部屋に置いて寝ることに挑戦したこともありましたが、私は常に寝つきが悪いので逆にそれがストレスになりましたw

いつも聴いているマインドフルネスは声がとっても優しくて、いつのまにか眠っています。すごくありがたいです。

 

④朝活を充実させようとしない

憧れてました。キラキラな朝活ルーティンに。朝は起きてお白湯を飲む、軽く掃除をしてストレッチ、散歩をして気分爽やか、朝だから勉強も捗る♪みたいな。

早起きしたら、こんな時間を過ごさなくちゃいけないと思い込んでいました。

そうすると、理想と現実に愕然とするわけです。

あれ?起きるのが辛い。

だるい。まだ眠い。

時間があるなら、あれをしてこれをして、あれもしないと。

こんなことしかしていないのに、もうこんな時間?

もっとだらだらしたいけど、朝にだらだらするなんておかしくない?

 

そして起きられなくなっていきました。

 

今回は、「とりあえず起きて本をちょっと読めればよし」にしています。

あとはスマホ眺め放題、思う存分ゴロゴロだらだら。ちょっと気が向いたら、Twitterで呟いたりブログを書いたり。「もう時間だ、仕事に行きたくないよー」と泣きたくなったら、YouTubeを使って5分だけ瞑想をしています。

支度する時間まで二度寝することもあります。それでいい。

 

そんな感じで、5時起きは6日目です。

「今日もできたね」

を、自分の中で積み重ねるため、もうちょっと続けます。

 

 

 

 

 

5時起きを5日間してみている話。

今年から特別支援学校から転任した

小学校教員です。

情緒学級5人の担任です。

仕事が、辛いです。

 

これまでと勝手が違う仕事、

言うことを聞かずに悪行三昧の子どもたち、

終わらない業務、

帰りは8時9時が当たり前

土日はどちらか出勤して6時間ほどこなし、それでもどこか不安な気持ちのまま月曜日を迎え...。

 

胃を壊して食べられなくなり

夜はストレスで眠れず

朝は起きれずいつもギリギリ、

吐き気を催しながら無理やり出勤。

 

そんな感じで4月と5月前半まで過ごしてきました。

 

これではダメだと思って

生活を変えるため、とりあえず朝起きることにしてみました。

 

夜は10時にアラームをセットし、「マインドフルネスを聴いて寝るよ」とラベルをつけました。

それまでには布団に入っておき、何となくスマホを見ながらぼーっとして、アラームが鳴ったら電気を消してYouTubeでマインドフルネスを流しながら寝ています。

 

5時にアラームがなったら布団から出て、ちょっぴりだけ本を読みます。

時間にして10分くらいです。

あとは教員アカウントのTwitterを眺め、趣味のTwitterアカウントを眺めて

書ける時はブログを書いています。

 

15日月曜日から始めて今日で5日目の金曜日です。

 

はっきり言って眠いしだるいですw

おかしいなー、私には早起き合わないのかな?とか考えたりしましたが、

とある方のブログで「眠くて辛くて当たり前、まずはそれでも続けてみよう」とあったので、他の人もそうだよね、とちょっと安心しました。

ひとまず「今日もできた」と成功体験を積むために続けてみようかなと思っています。

 

1週間5時起きした私えらい。

 

 

 

 

 

 

 

 

希望が見えてきた?

昨日は最悪でした

教室に子どもが5人(情緒が大変なフルメンバー)

担任(私)+支援の先生2人(午前中のみ)

が教室に揃い、まぁ荒れ放題でした

5人それぞれが叫ぶ、大声を出す、

悪態をつく、

下級生を誘い出して離脱する、

気に入らなければ机や椅子を投げる。

物を投げる、壊す、

用意した教材はビリビリに破られる。

 

気力が続いたのは、登校から1時間目まで。あとは心を殺して、時間が過ぎるのを待ちました...。

とどめは、迎えにきた保護者からの「ビシバシお願いします!」(先生、舐められてますよ)

 

もう無理ですよ。

ポジティブな言い換え、スモールステップで小さいことからの成功体験の積み重ね、わかってます。厳しく諭す、分かります。

でも、これをし続けるには自分の心に余裕がなければ無理です。

支援の先生に入っていただくのは大変ありがたい、けどそれだけ刺激も増えるのです。改善するにはこの子どもたちを物理的に離すしかない。

 

放課後、私の支援会議が行われました。

初めは「同じ教室にもう一人教諭を増やす」という方向性だったのですが、

刺激が増える点で私がモゴモゴしたところ、校長の鶴の一声

「教室別にしろ。〇〇先生からあと朝から帰りまで見てもらうしかない。教室が落ち着くまで。」

と。

 

私の力量不足を認めてくれてありがとぉーーー!!!

 

1学期終了まで、担外の先生から場所も離して入っていただけることになりました!

ほんとにずっと訴え続けて良かったです。

 

「たかが5人、見られないのか」

と批判の声も承知です。

 

でもあの子たちに適切な支援をするには、それしかないと思っています。

「落ち着いた環境で、学習する」

この経験の積み重ねがまずは大事。

一人一人をちゃんと見てあげれば、学習に向かえる力はあるから。

 

まずは本当に良かった!

今日は放課後、空き教室を整えます。

保護者への説明ののち、実践の予定。

 

助けてくれる管理職で良かった...。

 

 

なぜ、「あと3年」で辞めるのか。

正採教諭、という働き方をあと3年で辞める、としたのは何故なのか。

 

それは、「もともとそういう人事だから」なのです。

 

昨年度まで勤めた特別支援学校での最後の人事面談で、「先生は〇〇小学校へ異動です。ただし、県教委からは、3年でまた戻ってきてほしい、と言われています」と伝えられました。

「ただし、その時の先生の気持ちもあるだろうから、どうしたいかはその時の校長と相談してください」と。

それは県からの要請ですか?と聞いても、「そこまでの拘束力はないんじゃないかな」とは言われたし、私も異動する前は「もう少し同じところに勤務したいな」と思っていました。

が、異動先の小学校で聞いたことには前任者もいるつもり満々だったけど、3年で切られて特別支援学校へ戻ったと(私の勤め先とはまた別の学校です)。

恐らく、私と同じようなことを言われていたのでしょう。

前任の先生は直接お会いしたことはないですが、とっても仕事が丁寧で保護者からの信頼も厚く、本人も異動を望んでいなかった、となると

私がもし3年後、校長に相談したとしても、同じ道を辿るのではないかな、と思っています。

県の特別支援学校は、今の勤め先とは違ってまだ教員の人権がある、と感じます。(これはまた今度書きます)

しかし、また新しい環境に身を置いて、心身を削りながら勤めたいか、と言われれば、答えはNOです。わくわくしません...。

 

というわけで、期待された任期はまずやり遂げて、どうせ引き継ぎしなければならないタイミングで辞めてしまおう、と思ったわけです。

 

あと3年でやることは

・貯金

・退職金について調べる

・投資を始める

・資格を取る

・日々の仕事は7割でやめる

 

です。

 

あと3年はあるので、くたびれますが楽しみも見つけつつ、心身健康で過ごしたいと思います。

 

Twitterもしています。

モチベを上げたり、「これが変だよ教職員」という思いを共有したり、励ましたり励ましてもらったり...

一人じゃないんだな、と思えます。

 

 

よし、教員を辞めよう。と思った話。

今年度、8年勤めた特別支援学校から小学校に移動して、1ヶ月半が経った。

 

はっきり言って大変だ。

情緒障がい学級5人の担任。

5人全員、立ち歩く、手や足が出る、大声を出す、口が悪い。

トラブルも毎日。

基本的な学習習慣が身についていない。

毎日、心身を削りながら、でも全力で子どもたちとぶつかっている。

子どもたちを帰す頃にはへとへとになっている。自宅に帰るともう何も出来ないほどだ。

 

その上、小学校教員には人権がない。

勤務時間は8時15分から4時45分。

管理職が昇降口を開けるから、子どもは7時半にやってくる。

それでなくても、「8時には登校完了」と決まっている。

もちろん、退勤の定時なんて誰も意識していない。

 

休憩は給食時間に設定されている。

一番支援が必要な時間では?

 

4月は毎日帰りが9時になり、毎週土日のどちらかは出勤していた。

5月の連休も1日出勤したし、それは私だけではなく毎日誰かしら出勤していた。

自分の子どもの風邪で休むことを躊躇してしまう。

他人の子どもにかまけて自分の子どもの行事に参加できない。

 

 

何のための仕事なのか、分からなくなる。

 

子どもとたわいもない話をする時間はとても好き。

どんな風にしたら出来るようになるのか、考えを巡らせる時間は充実している。

何か新しいことが出来るようになった瞬間はとても嬉しいし感動する。

 

この仕事、いい瞬間もたくさんある。

けど、自分のことを犠牲にしている、と思いながらこれから20年も過ごして行きたくはない。

 

今年40歳。

人生、40歳までは研修期間。

これからが人生本番。

わくわくする方へ舵を切りたい。

 

同じように思う方と気持ちを共有したり、「辞めたいな」と思っている方への情報発信ができたりするといいな、と思いながら、ここで綴ることにしました。

ちょこちょこTwitterでも呟きます。